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【感想】恩田陸の『鈍色幻視行』呪われた小説をめぐる船旅の結末は

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『鈍色幻視行』は、フィクションがじわじわと現実に染み出してくるような物語です。

ひとことで表現しづらいのですが、恩田陸先生の得意とする要素が満載。
「旅、架空の小説、取材形式、過去の事件、事情を隠した関係者」全部のせ小説と言えます。

執筆期間が15年という長期にわたる長編作品なのと、盛り込まれた要素が多いこともあって、好みが分かれる内容だと思います。

レビューでも、面白かったと絶賛している人と、ちょっと期待と違ったと感じた人がいるようです。

私自身は、この「全部のせ」された要素がすべて好みなので、とても楽しめました。

  • 恩田陸の小説が好き
  • 「旅、架空の小説、取材形式、過去の事件、事情を隠した関係者」が好き

こんな人におすすめの小説です。

かなりの長編作品なので、気になっているけれど自分に合うかわからないから読むのを迷っている、という人は、この記事を参考にしてみてください。

「恩田陸の本は初めて!」という人は、こちらの記事で初心者向けの本を紹介しています。

本の概要

タイトル: 鈍色幻視行
発行: 集英社
著者: 恩田陸
備考:作中に出てくる呪われた小説『夜果つるところ』も、合わせて小説として発売されている。

ざっくりあらすじ

『鈍色幻視行』は、撮影中の事故により映像化が三度も頓挫した呪われた小説『夜果つるところ』と、その著者・飯合梓(めしあい あずさ)の謎を追う小説家・蕗谷梢(ふきや こずえ)を中心に描かれます。

関係者が一堂に会する豪華客船でのクルーズ旅行に夫・雅春と共に参加した梢は、映画監督やプロデューサー、編集者など、さまざまな関係者たちから話を聞き、次々と新たな事実と解釈が明らかになります。

やがて梢は『夜果つるところ』に感じた違和感の正体に気付き始めます。

「呪われた小説」を題材にした、過去をさかのぼって起きたことを探っていく物語です。

これだけで本好きの私はかなり興味を惹かれました。

恩田陸先生は、『三月は深き紅の淵を』という作品内で架空の小説をテーマにした物語を描いていますが、『鈍色幻視行』もその系統の小説です。

作中で呪われた小説として話題の中心となる『夜果つるところ』は、フィクション内で語られる架空の小説でありながら、現実でも小説として刊行されています。

2冊合わせて読むことでより深く世界観を楽しむことができます。

もちろん、どちらか片方だけでも小説として楽しめます。

この本の面白かったポイントをまとめていくので、読むかどうかを判断する参考にしてみてください。

本書の面白いポイント

この本の面白かったポイントを紹介します。

面白かったポイント① 過去の出来事だけで構成されている

この物語は、「船の中で事件が起きて…」といったタイプの話ではありません。

正確にはちょっとした出来事が起こるのですが、事件と呼べるほどのものではありません。

『夜果つるところ』が呪われた小説と呼ばれる原因となった撮影中の事故を、かつての関係者たちが集まって振り返る、という形式で進行していきます。

そう、舞台となる船旅の中では、事件はなにひとつ起こらないのです。

ミステリーとしては少し地味かもしれませんが、過去をさかのぼって起きたことの真偽を議論する、というテーマは、恩田陸先生の著書の中でもたびたび描かれています。

過去を語る物語で面白いのが、起きたことは事実として動かないけれど、それを語る側———現在を生きる人々からは見え方が変わってしまう、という点です。

『鈍色幻視行』の作中、現在を生きる関係者たちが集まって議論をし、かつて自分が事実だと思っていたことに、違う解釈ができることに気づいていきます。

この議論の繰り返し、普通にしていたら、ただ地味なシーンとなってしまうのですが、恩田陸先生の人物描写が巧みで、登場人物たちの多様な背景と複雑な心理描写が交錯して、どんどん引き込まれていきました。

心理描写がメインの小説が好きな人は楽しめるはずです。

面白かったポイント② 架空の小説が現実に存在する

作中で核となる呪われた小説『夜果つるところ』が、実際の小説として刊行されているのも、この物語の面白いポイント。

架空の小説なのにかなり細かい内容まで書かれているな、と思っていたのですが、本当に存在するとは。

フィクションの中で語られる物語が、現実の小説となる。これは『三月は深き紅の淵を』でも取られた手法ですね。

『三月は深き紅の淵を』の作中で語られたいくつかのエピソードはのちに独立した物語として小説になっていますが、『夜果つるところ』は、『鈍色幻視行』と対をなす小説として、より深く世界観に食い込んできます。

架空の物語が実体を持つ、という、フィクションが現実にはみ出してくる感覚が好きな人間には、面白い設定だと思います。

面白かったポイント③ 新しい形の「めでたし、めでたし」

この物語では、呪われた小説にまつわる謎が、少しずつ解かれていきます。

あくまで推測でしかないという扱いではありますが、呪われた小説の謎だらけの著者、飯合梓(めしあい あずさ)の正体について、ある仮説が立てられています。

一応、こういう解釈がなりたつよね、という結論は出されていますが、あくまでも解釈です。

完全に謎を解いてスッキリしたい、という人には向かないかもしれません。

ただ、作中集った関係者たちは、議論を繰り返し、解釈を積み重ね、彼らなりの「大団円」を迎えます。

長編で議論があちこちに飛躍するので、どうやって物語が収束するのだろう、とハラハラしました。

ミステリーとしては曖昧な終わりと言えますが、登場人物たちの結末としては、すっきりする終わりでした。

古きよき時代の「大団円」、まぼろしの「大団円」。いわばほとんど死語となった、古臭い言葉である。
それでも、どこかでノスタルジックな「大団円」への憧れはある。
(中略)
それでは、我々のこの物語は?

『鈍色幻視行』 四十五、大団円、あるいは聖者の行進 より

この物語の結末は、ハッピーエンドを迎えることが難しくなった現代の、新しい形の「めでたし、めでたし」なのではないかと思います。

まとめ

『鈍色幻視行』は、恩田陸先生の心理描写の巧みさや、フィクションと現実の境目をなくしていく独特の作風が、遺憾なく発揮された作品です。

登場人物たちが語る過去の出来事や、映画化の裏話、それらに絡み合ってくる複雑な人間関係に、読み進める手が止まらなくなることでしょう。

また、作中で『物語をつくること』に対する思いが丁寧に描かれています。

物語の消費されるスピードが速くなってきた現代に作家として活躍する恩田陸先生の想いも込められているように感じます。

恩田陸先生のファンはもちろん、ミステリー好きや心理描写に興味がある人にも楽しめる一冊です。複雑なストーリーと多彩なキャラクターが織りなす物語に、ぜひ没頭してみてください。

この本を読んだ人におすすめする次の本

『鈍色幻視行』を読んだ人は、次にこちらを読んでみてください。

『夜果つるところ』

作中、呪われた小説としていくつもの謎とともに語られています。

電子書籍でも読めるのですが、紙の本だと表紙のカバーにとある仕掛けが施されています。

『鈍色幻視行』の登場人物たちをとらえた魅力を、そのまま味わうことができます。

恩田陸先生の他の作品が気になるという人は、こちらの記事もチェックしてみてください。

  • この記事を書いた人

ほんの

「ほんのりぼん」の運営|0歳児育児中|本好きで年間約100冊読書|おすすめの小説や自己啓発書などを紹介|今より少しだけ豊かな生活を手に入れる読書の方法を発信しています。

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